【ゆっくり理解】なぜ3×5で正答で、5×3が小2のテストでは誤答なのか

そういえば掛け算にはそんなルールが あったな より引用

これを受け、上記エントリーではものすごい議論の嵐。

そして下のエントリーでもかなり丁寧に解説されているにもかかわらず、議論の嵐。

黄金原本更新, 【最短理解】なぜ5×3ではなく3×5なのか – ワタタツの日記!(2010-11-13)

これは、おそらくいろんなことを混同したり、お互いの立場を全く理解せずに議論しているからだと思ったので、ゆっくり理解と題してそれを紐解いていこうと思います。

平成23年12月26日追記

今年度2学年の担任ですが、以下ちょっと変わってます。「ますます」!「一つ分×いくつ分」を意識させるように教科書が改訂されました.
「一つ分×いくつ分」をなんだかんだありますが延々と20時間以上やります。これ、教科書会社からの挑戦状なのでしょうか。
東京書籍のページに詳しいことが載っています。

さて、今年度のスタンスですが、「立式は思考判断表現の評価」となるところが一応の根拠です。
一つ分を分かっていないと、この問題できないんです。
5×3=5×2+□
なので、「一つ分を理解しているか」ということを把握するために、上のような立式の問題を出している訳です。(他の方法で確認しろよ、と言われたらそうですし、事実アレイ図を○で囲んで一つ分を確認するテストもあります。)
「技能」の評価をしたい場合はひっくり返そうが足し算に戻そうが私は○にします。
「一つ分がわかり、それがいくつあるかという考え方をかけ算として適用できる」かどうかを見るための立式です。
よって、交換法則の適用といったものと、この採点は無関係なのです。確かに算数教育の弊害と言われればそうかも知れません。
しかしながら、全教科書会社、および全ての業者テスト、学力テスト、進研ゼミなどなど、全部これで統一されているので、私だけ一人で反旗を翻してもどうなるもんでもなく、むしろ「お前が教えた児童はかけ算の順番も分かってないのか?あぁん?」となるのが目に見えています。
そんな感じで今年度はやりました。

2010年11月16日…×にする理由と△ではダメな理由、テスト問題をもう少し追加しました。

とりあえずお約束。

  1. 教職3年目の若造です。間違ってたら謝りますが、自分なりの解釈はこれです。
  2. 指導要領自体の批判になってしまうと埒があかないのでそこはやりません。
  3. 数学的な話ではなく、初等教育はどうあるのかについて述べています。

論点

  • 「皿が5皿ある。1つのお皿に3つずつりんごが載っている。全部でいくつか。」という問いに対して、5×3と式を立てるのは誤りか

用語の確認

まずは根本的な所から確認していきましょう。

とは…

式の働きについては算数科学習指導要領解説に以下のように記載があります。(強調は私)

式には,次のような働きがある。
(ア) 事柄や関係を簡潔,明瞭,的確に,また,一般的に表すことができる。
(イ) 式の表す具体的な意味を離れて,形式的に処理することができる。
(ウ) 式から具体的な事柄や関係を読み取ったり,より正確に考察したりすることができる。
(エ) 自分の思考過程を表現することができ,それを互いに的確に伝え合うことができる。
次に,式の読み方として,次のような場合がある。
(ア)式からそれに対応する具体的な場面を読む。
(イ)式の表す事柄や関係を一般化して読む。
(ウ)式に当てはまる数の範囲を,例えば,整数から小数へと拡張して,発展的に読む。
(エ)式から問題解決などにおける思考過程を読む。
(オ)数直線などのモデルと対応させて式を読む。

さらに、式自体についても以下のように記載があります。

また,「式」は,算数の言葉ともいわれるように,事柄やその関係などを正確に分かりやすく表現したり,理解したりする際に重要な働きをするものである。また,式を読み取ったり,言葉や図と関連付けて用いたりすることも大切である。

子どもたちに伝えるとしたらこんな感じです。

「式っていうのは、算数では言葉なんだよ。思っていることや考えていることを式に表して伝えることができるんだ。だから、式から考え方が分かったり、式にしようとすることで考えが深まったりするんだね。」

ということで、式については以上です。他の用語は定義が必要なときにまた確認していきましょう。

あとは乗法について指導要領解説にあたってみましょう。

ア乗法が用いられる場合とその意味
乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。つまり,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現として乗法による表現が用いられることになる。また,累加としての乗法の意味は,幾つ分といったのを何倍とみて,一つの大きさの何倍かに当たる大きさを求めることであるといえる。
この乗法九九には,単に表現として簡潔性があるばかりでなく,我が国で古くから伝統的に受け継がれている乗法九九の唱え方を記憶することによって,その結果を容易に求めることができるという特徴がある。

以下の段落については「的外れも甚だしい」とのご意見を多数頂戴しており、自分も「確かにそうだな」と感じましたので削除します。

また、順序については指導要領解説にもはっきりとした形(乗法の段に明確な形)では表されていないと思いました。
コメントで補足説明をいただいておりますので、併せてお読みください。適当なこといってすみませんでした。

順序については、ここにばっちり出てます。

また,1 0×4 は,10 が4つあることから,40になると分かる。

という訳で、togetterでの文科省の人うんたらは全くの嘘か文科省の人がおかしいかどっちかです。文科省から出ている解説に載っているわけですから。

指導過程について

では、実際のかけ算の習得場面における指導過程はどうなっているのでしょうか。

1時間目…同数累加について

具体的な場面を提示します。教科書にはパーティーとか、そんなのが出ていて、お皿にケーキが4つずつ載ってたりします。たとえばこんな感じ。

※すごくうまく授業が進んだ場合です。こんな見事に進むことは実際無いけれども。

指導者「ケーキの数はいくつになるでしょうか?」
子ども「12個!」
指導者「どんな式になったのかな?」(ここで既習の足し算が使えることを暗に意図する)
子ども「えっと、4+4+4だよ!」
指導者「おぉ。なるほど!すごいね!みんな足し算バッチリだね!じゃあ、これはどう?リンゴの数はどうかな?」
子ども「えっと、3+3+3+3+3だから…うんと、15個!」
指導者「そうだね、15個だったね。…いま、二つの式が出てきたけれども、何か気づいたことはありませんか?」
子ども「同じ数をずっと足し算しています。」
指導者「よく気づいたね。えらい!今までみんなは足し算や引き算をやってきたけれども、実はこんなときは、新しい計算を使うことができるんだよ。」
子ども「知ってる!かけ算!(塾なんかに行ってる子が言っちゃう。)」
指導者「うわぁ、先に言われちゃったね。そう、かけ算って言うんだ。一緒に言ってみよう。せーの。かけ算。」
子ども「「かけ算!」」

まぁすごく変な空間になってますけど、こんな感じです。同数累加を皮切りに導入していきます。1時間目の板書はこんな感じ。

・ケーキの数 … 4+4+4      4を3回足し算した → 4×3
・りんごの数 … 3+3+3+3+3 3を5回足し算した → 3×5

×を使ってする計算をかけ算 という。  2×1 (←×記号の書き順説明。左下に向かって1画目。)

これをおはじきを使って再度確かめます。

2時間目…かけ算の式の意味について

面倒なので掛け合いはパスしますが、以下のことを学びます。

  • という概念。
  • (かけられる数)×(かける数)=ぜんぶの数
  • (一つ分)×(いくつ分(何倍か))=ぜんぶの数

ここで例の言葉の式が出てきます。(一つ分)×(いくつ分)=ぜんぶの数 というやつです。
これは、こういうことです。

式という算数の言葉では、かけられる数に来ているほうを一つ分、かける数にきている方をいくつ分、と考えているよ、という意味を表すことになる。

また、倍の概念をここでおさえます。3×2なら3の2倍、3×3なら3の3倍だね、という感じです。(日常で倍という言葉は使っているので難なく浸透します。)

ここでは、一つ分は何か、いくつ分か、というとらえ方について、具体物を操作しながら、また写真を見ながら体得していきます。

何時間か…かけ算九九(たいてい2とか5の段から。)

ひたすらやります。暗記させます。宿題に出します。カード作ります。

九九を一通りやったあと…かけ算九九表を使っての交換法則の発見

全部の段が終わると、かけ算九九表が埋まってます。
「答えが12になるところに○をつけましょう」
というと、3×4、4×3、2×6、6×2の答えに○がつきます。そうすると子どもたちは気づいてくれます。

「あれ。ひっくり返しても答えが一緒だよ!」

おめでとう。交換法則の発見です。ただし、一点だけきちんとおさえます。

びっくり返しても同じなのは答えだね。でも、式の表す意味は変わってくるよね。

次…文章題や問題作成に取り組む

文章題でひたすら「一つ分×いくつ分」を見つけさせます。
さらには、2×6という式になるように問題を作れ、という問題に取り組ませます。(これも逆にしたらNG)

更に次…アレイ図を用いて、交換法則について更に理解を深めたり、様々な式の表現を味わう

児童にこんなのを見せます。

●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●

横列の●の数を見ると、九九の範疇を超えてます。
そこで、○で囲んで一つ分をつくってごらん、と指示します。
そうすると、こんな風に分けます。

●●●●●●●● ●●●
●●●●●●●● ●●●
●●●●●●●● ●●●
●●●●●●●● ●●●
●●●●●●●● ●●●

8×5 + 3×5(実際は一つ分の8や3を○で囲んでいる)

もしくは改行の関係で縦列では捉えづらいのですが、

5×8+5×3(5を○で囲んでいる)でもOKです。

アレイ図では、何を一つ分として考えたかは完全に自由です。
ただ、それは式の意味が
一つ分 × いくつ分 で統一されているから
であり、この統一が崩れていると、
いくら式をみんなで見せ合ったところで意味を読み取ることができません。
いわば、式での一つ分×いくつ分は、式という記号化されたものから、具体へとデコードするための規則を定めていると言っても良いと思います。

ここまでおさえてのテスト

一般的な業者のテストですと、まずこんな問題からはじまります。

下からことばを選んで、かけ算の式を説明しましょう。

(        ) × (          )= 全部の数

語群(こんな風には書いていませんが)

いくつ分、一つの数

ここで、式を立てるという指導が浸透しているかを確認できます。

次にこんな問題です。

絵を見て、かけ算の式を作りましょう。

【3個ずつ連結されているプリンが、4パックある絵】

(      ) × (      )

【4人ずつ乗れる車が、5台ある絵】

(      ) × (      )

計算しましょう

2×8 =

7×3=

5×7=

そして文章題に入ります。

3 文章を読んで、かけ算の式になおしましょう。答えも書きましょう。

(1) 1つの ふくろに あめが 5こずつ 入っています。そのふくろが 4ふくろ あります。あめは ぜんぶで 何こ あるでしょう。

ポイントは、1(つ)の~に~ずつ と言う表現が「一つ分」に該当するということです。

そしてこの問題です。

残念ながらこれはバツをつけざるを得ません。計算結果としての答えは同じでも、式の表す意味が違うからです。
一時間目に戻ってください。

問題では「りんごの数」を聞いていますので、りんごに着目します。
りんごをおはじきに変えて、具体物として操作結果が以下です。

◎◎◎ ◎◎◎ ◎◎◎ ◎◎◎ ◎◎◎

このおはじきの並べ方を見たとき、3+3+3+3+3 とは表せますが、5+5+5とは表すことはないでしょう。かけ算が同数累加からスタートした以上、(小2の段階では)ここに戻れないとダメなのです。

「何を言うんだ、5だって、一つ分じゃないか。ほら、一つずつ皿にのせた場合、5つ載せると一巡する」
「皿に1つずつりんごが載っている状態」を1つ分と考えることは現実的ではありません。5皿に1つずつ載った状態を一つ分と考え、それが3つ分だと考えるなら、(皿5皿+りんご5個)×3=皿15皿、りんご15個となります。

「違うって。皿に1つずつ、5皿分載せる作業を1つ分とするんだ。」
そしたら、1×3になりませんか?だって作業は回数であって、個数ではないですから。
1作業×3回=3回作業したという式になるでしょう。

「一回の作業で5こ扱える。それを3回行っているのだ。」

なるほど。それは一理あります。しかしながら、これを○としてしまうと、3×5も疑ってかからないといけない。
非常に難しい問題となります。そして、教科書では、これは誤答として扱っているのです。

東京書籍の教師用指導書、2学年下、P16から引用します。

そして、こんな問題に取り組みます。(同じくP17より引用)

一皿に載っている数×何皿の例

どうでしょうか。ここまで「一つ分」を意識させ、具体物操作で確かめさせています。

なので、5×3が出てくると言うことは、この指導が意味をなしていないことになります。
言い換えると、5×3の概念は具体物で操作した結果から導くことができないのです。

◎◎◎◎◎ 1回目
◎◎◎◎◎ 2回目
◎◎◎◎◎ 3回目

これは確かに5×3になりますが、「1皿にりんごが3個のっています。」を表していません。

このように具体物を操作した時、「1つの皿に”既に”3つずつ載っている」という題意から外れます。
問題文ではりんごは既に皿の上ですので、それを一度集めて、再配分しない限り、5×3は成り立ちません。

この授業の評価規準から勘案しても5×3を正答とすることはできないのです。(授業のねらいと外れている)

極論するとこれは式としては○です。

3×5=20

これは完全に○です。なぜなら、「しき」の問題はあくまでも考え方を問うているのであり、計算結果は「こたえ」が聞いています。なのでこれは○です。
多分ここが思いっきり論点がかみ合ってないところでしょう。もう一度まとめます。

式を聞かれたときは、式から読み取れる「考え方」が「指導内容と」合致しているかを聞いているのであって、正しい計算結果が出るように式を立てたかどうかを聞いているのではありません。

いくら数学的や考え方が合っていたとしても、指導したことと違うことを書いているので×をつけざるを得ないのです。
運転免許の卒業試験で、いきなりアクセルを左で踏んで完璧に走ったような感じですか。答えとしてはあってるけれども、教えたことと違う。
よって○を簡単につけることはできません。

では×をつけた後のフォローはどうするのか

簡単です。皆さんもやっていたでしょう。「返ってきたテストは必ず100点にすること!」と伝えます。
振り返りの時間を与え、質問が来たら答えます。
今回のように、この単元で重要なところだったり、ミスが多かったところに関しては教師が全体指導します。
また、今回の場合私なら正しい式(3×5=15)を書くのではなく、「一つ分」×「いくつ分」と赤ペンを入れていると思います。要は×の理由を明らかにし、正答へと導くことが大事です。
検定や合否が出るテストではなく、学校のテストは到達度の評価なのです。到達していなかったら、到達させればいい、ということになります。

なぜ△ではダメなのか

これは少し難しいです。こればかりは教員の考え方に依ると思いますが、私は△は「国語以外の教科での誤字脱字」に限ってつけています(重要語句を除く)。子どもは、△が付くと、「なぜ△なんだ?」と思うよりは、
「あ~△か。まぁ合ってるんだろう。」と思うことが多いのです。そして100点にして~と言っても、隣の人から適当に答えだけ写して終わります。△は、子どもたちの中で振り返りのきっかけとはなってくれないのです。

さて、最後に、「逆でもいいんだよ。合ってれば。一つ分とかいちいち考えさせるなんて無駄だよ。」と考えるとどうなるかについて述べておきましょう。

逆にしてもいいとすることの弊害

  • 倍の概念が育ちません
  • 割り算の時にも引っかかりが出ます
  • 計算に小数が入ってきたときにつまずきます
  • 平均、単位量あたりの大きさでつまずきます

倍の概念が育たないことについて

答えさえ合っていれば良いなら、出てきた数字をかけ算するだけになるでしょう。「一つ分」とか「いくつ分、何倍か」なんてことは考えません。

割り算の時にひっかかることについて

割り算には二つの意味があります。両方ともかけ算の式で表すことができます。□×3=15と、5×□=15の二通りです。
前者はたとえば「15個の飴を3人に配ると何個ずつ分けられるでしょう。」後者は「15個の飴をひとりに5個ずつ配ると何人に分けられるでしょう。」という問題となります。
前者を等分除、後者を包含除といいます。交換法則を用いてしまうと同じ式で表すことができますが、子どもたちにとっては具体的な場面は全く異なるものです。
よって、ここできちんとかけ算の式に直して考えることができないとひっかかります。

小数でひっかかることについて

単位量ともつながっていますが、こんな問題でつまずきます。

0.8mの重さが2.4kgの鉄の棒があります。この棒1mの重さは何kgでしょう。

1つあたりの量や倍の概念が育っていると、1mの重さ…あれ、求めるのは全体の量じゃなくって、一つあたりの量、1単位量だ。となりますが、それが十分でないとこう計算します。
0.8×2.4= 1.92 答え 1.92kg

基準となる量が、求める量よりも小さい(0.8は1よりも小さい)→よし、じゃあこれまでと似た計算、かけ算で求めればいいんだな→かけ算しちゃう→え?なんでダメなの?

正答は、2.4÷0.8=3 答え 3kg

□×0.8=2.4 を思い浮かべることができるかが肝となります。

平均や単位量あたりの大きさでひっかかることについて

平均 = ぜんぶの量 ÷ 個数  →平均は「ならした一つあたりの大きさ」を聞いている。よってこの概念が育っていないと理解に時間がかかる。
単位量→一つあたりの大きさを1単位量として考えるやり方。 ここまでくると、普通に理解させるのも一苦労なのに、立式から教えるとなると相当骨が折れる。(現在進行形)

というわけで、かけ算の答えは3×5でも、5×3でも同じです。しかしながら、テストで聞いていたのはそんなことじゃなかった。
「あなたは、一つあたりの量を認識できているかな?いくつ分という考え、倍という概念が育ってきているかな?」
ということを確認するために式を書かせているのです。定義の確認に戻りますが、言語としての式なので文章で答える必要性はありません。

最後に

多くの人がこの問題について考えていることがとても嬉しいです。間違いだとか、正解だ、なんて言うのは後で分かりますが、今教わっていることに対して常に「なんでだろう?」と考えることは、素晴らしいことです。そのおかげで、私も指導要領をもう一度読み直したり、かけ算の考え方について再度おさらいすることができました。

小学校で教わることは、大人になると「もっと簡単な方法があるのに」とか「無駄じゃないのか?」と思われることもあるかもしれませんが、発達段階に応じて、相当な工夫が重ねられたものであることは間違いありません。…かといって、全部が全部正答であるなんてことはあり得ません。常に子どもたちの実態は変化し、研究は進みます。今日このようにまとめたことだって、数年後には「古い教育だ」と言われることだってあります。ただ、言っておきたいのは、テストや教科書には必ず理論や研究に裏打ちされた「意図」が存在しています。まずはそれを紐解いてみるのも、学問への第一歩だと思います。

念押しで別の例を挙げておきましょう。HTMLで非推奨要素であるFONTタグを使おうが、divにidをつけておいてCSSを使おうが、表示される内容はほぼ一緒にできます。…が、意図が前者には見えませんし、使い回しができませんよね。今回だって同じだと思います。理論的な考え方、表現を使いこなせるかどうかは、答えでは無く、式に表れます。式をおろそかにせず、考え方を表現する手段としての存在であると分かれば、式の大切さに気づいてもらえると思います。

とりあえず、半日以上悩んでしまったのですが、今私の示せる考えは以上です。
最後までありがとうございました。

だんだん疲れてきたのでネタ

説明できるところはほぼ説明し尽くした感があるので、もうこれ以上更新できないと思います。
(というかしても反論が無くなることはないでしょう。そういう類のデリケートな問題なんだと今更ながら感じました。)

というわけで、小ネタ。以下は今回のエントリと全く逆を言っていたりします。あくまでもネタです。

1時間目から交換法則を教えたらどうなるか。

先生「はい、ではこれからかけ算の勉強をしていきます。」
児童「はーい!」

先生「まずはじめに、ケーキの数がいくつか、わかるかな?」
児童「12個!」
先生「おっ、すごいね。式はわかるかな?」
児童「4+4+4です!」
先生「素晴らしい!3+3+3+3だね!」
児童「えっ」
先生「えっ」

児童「せんせー、違います。」
先生「何が?だって答え同じだよ?」
児童「えっ」
先生「えっ」

先生「とにかく、同じ数をずっと足し算していると大変だね。まとめて考えられると便利だと思わない?」
児童「思いません。」
先生「えっ」

先生「まぁいいや。かけ算、なんての聞いたことあるかな?同じ数をずっと足し算するときは、かけ算という新しい計算をします。」
児童「かけ算?」
先生「そうだよ。これってすごいんだよ。同じ数を100回足しても、すごく短い式で済んじゃうんだ。」
児童「へぇ、すごい」
先生「なんか驚きが足りなくない?」
児童「えっ」
先生「えっ」

先生「さて、ケーキは4個ずつ3皿だったね。」
児童「そう。だから足し算で4+4+4!」
先生「4を3回足し算したんだね。かけ算では一つ分が4でそれが3つ分だから、4×3っていう風に表すよ。」
児童「なるほど。」
先生「まぁでも、3×4でもいいよ。」
児童「どっちですか?」
先生「別にどっちでも正解。」
児童「困る。」
先生「だって、どっちかにしちゃうとみんなのおうちの人に怒られちゃうし。」
児童「えっ」
先生「いや、だから、中学生になると3xとか、y=ax+bとか、もうかけ算の記号すらなくなっちゃうし。どっちでもいいんだよ。」
児童「意味わかりません。」
先生「いいの、大人になったらわかるよ。」←こうやって逃げるしかない

…うぅむ。こっちのほうがいいのかな…?でも、こりゃ収拾つかなくなるな…。この方法では私には教えられそうにないです…。

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『【ゆっくり理解】なぜ3×5で正答で、5×3が小2のテストでは誤答なのか』へのコメント

  1. 名前:うーん 投稿日:2010/11/18(木) 14:15:03 ID:54c4c2a67 返信

    数学の本質的な面白さを導き出せないですね。
    ます設問自体、最初に皿の枚数を定義していることを考えると、これにバツくれるまえに、教師が自分の意図する設問を出せなかったことに問題があります。つまり、文部省の資料をうまく理解できてないわけです。
    なんかアルファベットに決まった書き順があると教えてしまう日本の英語教育に似てますね。

  2. 名前:もんもん 投稿日:2010/11/18(木) 15:13:35 ID:08f1db5aa 返信

    数学の本質は「りんごが皿に何個あります」とか具体事象にあるのではなくて
    言葉による定義の中にしかない、これを否定したら数学も算数も成り立たない
    小学生に分かりやすいように具体例で考えることの弊害
    抽象概念を分かりやすいように仮定として具体を用いているのに
    具体の方に引きずられて抽象概念の本質を見失っている、本末転倒
    「乗算」の定義には可換法則が入っています。

  3. 名前:○い頭を□くする 投稿日:2010/11/18(木) 17:56:00 ID:548f2a0e6 返信

    >う~んさん
    むしろ意図した設問だからこそバツをつけてるんでしょう

    設問の意図としては
    1:リンゴが合計15個であると答えられること(3×5が出来る事)
    2:リンゴが掛けられる数になり、皿が掛ける数になること
    3:出てくる数字を順番に書くと2に違反する事

    悪い表現をすれば、最初っからバツをつけることも目的の一部になってる訳ですよ。

    で、擁護的な立場の考えで言えば、
    「よし、間違えた。これで順番を意識して正しく書きなさいと指導できる!!」
    って事な訳です

    間違っていなければ指導する必要がない(ちゃんと理解しているとして扱う)
    間違っていれば指導できる
    って考え方なんでしょうね

  4. 名前:○い頭を□くする 投稿日:2010/11/18(木) 19:07:58 ID:548f2a0e6 返信

    ふと問題文を冷静になって読み返してみた、その上で最初の論点に戻る。

    最初の論点とは、生徒が問題文の数字を適当に掛けているのかを判断する為に、
    (掛けられる数)×(掛ける数)にこだわる必要がある。
    と言う部分だ。

    改めて問題文を見ると、
    5、1、3と言う順番で数字が出てきている。
    適当に掛けているのであれば、2番目に出てきた1と言う数字を無視する理由が何処にあるのだろうか?
    少なからず、この生徒はリンゴの数(3)と皿の数(5)を掛ける問題だと認識している可能性は高いだろう、でなければ1という数字を使いたくなると思う

    はたしてこの生徒を適当に出てきた数を掛けただけとして扱うのは本当に正しい教育と言えるのだろうか?

  5. 名前:w 投稿日:2010/11/18(木) 20:48:07 ID:bc8c051e9 返信

    質問です。
    「1つの皿に”既に”3つずつ載っている」と書かれていますが、
    ”既に”3個載った状態になるまでの”過程”は書いていませんから、
    子どもがその状態を、
    1枚の皿に3個ずつ乗せる作業を5回繰り返した結果なのか、
    等分するように5枚の皿に1個ずつ載せていく作業を3回を繰り返した結果なのか
    どちらで捉えるかは自由なのではありませんか?
    その皿の状態の捉え方で
    「1つの皿に”既に”3つずつ載っている」意味は変わってきますよね?
    子どもが「それを一度集めて、再配分」をする作業をすることなく、
    直感で後者のように皿の状態を捉える可能性はないのですか?
    もしそう捉えたら誤りなのですか?

    理解力を問いたいなら、式をそういう風に表した理由を書かせるか、
    もし掛算の順番に視点を限定して理解力を問いたいのであれば、
    1枚の皿に3個ずつ乗せる作業を5回繰り返したと子どもに認識させるような
    状態ではなく過程を具体的にして問題にした方がいいのではありませんか?

  6. 名前:ごんべえ 投稿日:2010/11/18(木) 23:55:30 ID:a64f64faf 返信

    「皿が5皿ある。1つのお皿に3つずつりんごが載っている」
    までで、
    皿○○○
    皿○○○
    皿○○○
    皿○○○
    皿○○○
    の状況を思い浮かべる。
    りんごは全部で何個?というので皿は忘れてよいので
    ○○○
    ○○○
    ○○○
    ○○○
    ○○○
    に還元されて5×3でも3×5でも良い。
    単位すらない式だけを見て十分な検討していないかどうかを判断できないのでバツにするのは無理筋。十分な検討をしたかどうかを評価したければ、もっと説明をさせる問題にする必要があるでしょう。

  7. 名前:ごんべえ 投稿日:2010/11/19(金) 01:05:15 ID:99a466ea5 返信

    「『一つ分』×『いくつ分』と赤ペンを入れていると思います」
    これ本当に考えが足りませんよね。
    個数を聞く問題で「一つ分」って、、、
    どんなマジックワードですかw。
    それだと、、、
    1×15
    ですよ。

  8. 名前:Kei 投稿日:2010/11/19(金) 03:04:38 ID:3078af988 返信

    単位を伴わない素の数式に多くを求めすぎだと思います。

     あの問題からは、式が5*3と3*5のどちらであっても、それぞれに行き着く妥当な理屈が、「可換則が成り立つから」以外にも考えられます。これを5*3としたから本質を理解していないと判断するのは、思慮の浅い決め付けでしかありません。
     そもそも一つの数式に落とし込んだ時点で多くの情報が失われており、数式から思考の道筋を推測するのはまだしも安易に断定してしまっては、合理的な推測や補間と捏造との境界線を容易く越えることになります。
     例のような問題において見た目には正しい式に正誤の判定を行いたいのならば、回答は(式+答え)ではなく、論述形式で結論に至る筋道を説明させる必要があるでしょう。(採点する側はたまらないでしょうけど)

    また、それ以前の問題として、

    「式を聞かれたときは、式から読み取れる「考え方」が「指導内容と」合致しているかを聞いているのであって、正しい計算結果が出るように式を立てたかどうかを聞いているのではありません。」

    ということを、児童らに事前に指導あるいは問題用紙に記載していたのかという問題もあると思います。計算結果が正しくても、ましてやそれが妥当な考え方に基づいて導き出したものでも、「指導内容」と異なる考え方ならば不可ということを、小学2年の児童に察しろと言うのは無理があると思われます。

  9. 名前:みきや 投稿日:2010/11/19(金) 07:10:28 ID:90960b82c 返信

    また、ちょっと思い出した。

    僕は「5×3」と書いて×をもらったんだけれど、実は打算もあったんだよね。
    これ、「3×5」じゃねえかなとも思ったんだよ。で、九九を思い出して、まぁ×になったら、「ひっくりかえしてもとりたてて問題はないと考えていいはずだ。」と言いくるめようとの考えが頭をよぎりつつ、しかし最後は決意して、「5×3」と書いたんだ。最後は、打算を越えて、挑戦だったんだ。
    なんで、わざわざそんなことしたかと言うと、問題文を素直に読んで、頭の中の情景を素直に記述すると「5×3」になったからで、それは僕の頭の中では「3×5」じゃなかったんだよ。
    「3×5」とすることが必ずしもわからなかったわけじゃない。「積分定数」さんのお子さんの出された問題を、後日僕も授業で出されて、その時は間違えなかったんだ。わかっているんだよ。でも、先生がそのとき「(やっと?)わかったか」とつぶやいて、口惜しかったんだ。そうじゃない。わからなかったから「5×3」と書いたんじゃない。
    僕は、僕のようなとき方の掛け算を「存在論的掛け算」と呼びたいと思う。なぜなら、僕のそのとき頭の中で起こった「出来事」の意味するところは、「存在するとは、世界を分割するコト」であったから。5歳の僕は、敢えてこのコトに拘って、挑戦したんだ。
    ちなみに通知簿では「実力以上にがんばる」って書かれたんだけれどさ、大きなお世話だ(笑)

    僕のような考え方は、数学的には荒唐無稽なんだろうか?
    (僕にはよくわからない。間違いなら間違いでよい、そこでひとつ勉強になるから。
    ただ、僕は僕の挑戦に決着をつけたい。)
    また、僕のような考え方をする子って、どれくらいいるのだろう?

  10. 名前:匿名 投稿日:2010/11/19(金) 15:42:40 ID:7367f9e19 返信

     教えたことを理解云々の前に、例えば英語では
    three multiplied by five

    five multiplied by three
    のように、3と5の間の被修飾関係が明確に定義でき、仰るような解釈は可能です。
     しかし日本語で
    3かける5
    としても、
    5かける3
    としても、「かける」という動詞の非標準的用法を見ても解るとおり、そこに何らの文法的修飾関係を読み取ることは出来ません。両者ともに、日本語文法的に正しく構成された一つの句もしくは節ではなく、行の進行方向に沿って記号の名称を羅列しただけのものに過ぎません。
     5×3と3×5が記号表記としては完全に可換であり、それを写しただけの音声記号の羅列に日本語としての文法性を認めることが出来ない以上、両者の間に「言語としての」区別を読み取るのは、そもそも不可能です。

     仰ることの趣旨は解りますが、それは完全に日本語の意味解釈に関することで、上記のように、日本語の語順を数式の表示順序にきちんと反映することが出来ない以上、このような問題形式と回答にそれを求めるのは、はっきり言って無茶です。それは国語の問題としてやれば良いし、そうでなければ、数式を日本語として無理なく解釈できる言語装置を、標準として新しく整備しなければならないのではないでしょうか。それをやらないのは、教育業界側の怠慢でしょう。

     また、先の方のコメントにもあるとおり、
    3×5
    と「きちんと」回答出来ているからといって、それだけで、「指導内容をきちんと理解出来ている」かどうかは、生徒はすでに2者間の可換性を知っている以上、判別不可能のはずです。「よく分からないけれど、どっちを書いても同じだから、3×5と答えた」という生徒もいくらかはいるはずだ、と考えるのが自然ではないでしょうか。指導内容が理解出来ているかどうかを確実に把握しようと思えば、仮に、5×3と書いた生徒に対して、各人の考え方を確かめた上で保留的措置を施すにしても、それは3×5と答えた生徒に対しても、同じように確認が必要であるはずです。
     このような可能性を考えた場合、3×5という回答を無条件に正解とすることは、完全に教師の自己満足でしかないと思うのですが、如何でしょうか。

  11. 名前:うーん 投稿日:2010/11/19(金) 17:25:02 ID:12b83dcf6 返信

    >○い頭を□くするさん
    なるほど、授業のプロセスとしての観点と思うと確かにあえて間違いを発見させるというのもあるかもしれません。

    しかし、
    「3個のリンゴがのったお皿が5つある、だから3×5=15だ」
    「5枚のお皿の上に3個ずつリンゴがのってる、だから5×3=15だ」
    この両者の思考プロセスで後者のみを「間違っている」というのは問題だと思います。
    この両者の思考プロセスの違いを授業中に発表しあい、乗算の可逆性を教える方が九九の表に丸をつけるよりもいいと思うんです。その上で計算式はどちらでも○と。
    たとえば、かけ算の可逆性を教えられた後、後者の式でバツもらって生徒は納得するんでしょうか…

    ついでに3×5として生徒だってひょっとしたら「3は5より小さいから前に書こう」って書いたかもしれないですし。

  12. 名前:hoeg 投稿日:2010/11/20(土) 00:19:03 ID:43f2238b4 返信

    すまんが、twitter の
    >思ったんだけど、反対派が小学校の時、私の主張しているように教えられたはずなのに、
    >違和感を感じて反論しているという事実自体が、かけ算の根本に関する理解を妨げてい
    >ないという何よりの証明になるのではないだろうか。
    を見て、こいつはダメだと思った。
    小学校の教諭なんてこんなもんだから仕方ないと
    諦めるしかないのかね。

  13. 名前:○い頭を□くする 投稿日:2010/11/20(土) 02:58:44 ID:155da5d5c 返信

    >う~んさん
    なんか、自分が意図した内容を殆ど汲み取ってくれてるな~

    このブログの主が受け取って返信(ないし、次記事)にするかはわからないけど、

    1:敢えて間違えさせようとすることの是非
    2:間違えさせる為に白いものを黒ということに対する是非
    3:たまたま間違えなかった場合に理解しているとして扱ってしまうことの是非

    の3つを意図してたんだけど、3番目が起きる具体的な内容まで提示してもらえるとは正直考えていなかったです。

    この問題って、表面的には掛け算の順番問題だけに見えるけど、切り口次第で色々な問題を内包しているかなり深いテーマだと思います。
    それだけに、順番問題だけに終始して終わってしまうことは非常に勿体無いなと思っています

  14. 名前:かもね 投稿日:2010/11/20(土) 09:41:34 ID:f626de2b6 返信

    >うーん…交換法則もきちんと発見させた上で、あのテストは行われているんだけどなぁ。
    >要するに、式を逆にしても答えは同じなんてことが完全に子ども達にも浸透した状態であっても、5×3は誤答という事なんだよね…。

    twitter発言ではこっちのほうが驚愕。
    もう何を言ってるのかすら意味が分からない。こりゃ理系離れも進むわけだわ。

  15. 名前:吾輩は馬鹿である 投稿日:2010/11/21(日) 02:11:28 ID:81b0922e2 返信

    「掛け算は非可換」論者は日本版の「創造説」論者である

    先日の記事それでも自然数の積は可換である – 吾輩は馬鹿であるは怒りにまかせて喧嘩腰に書いたもので、内心を有り体に言えば「屁理屈を捏ねて子供をいじめる半可通ども、この印籠…

  16. 名前:ぽち 投稿日:2010/11/21(日) 14:35:01 ID:16f022a64 返信

    何を教えているのでしょう。
    3☓5と5☓3は可換でいいのでは。
    3個のリンゴと5個の皿とか、5個のリンゴと、3個の皿という場合。
    リンゴをa,皿をbとか、大人は置き換えるのですが。
    3a☓5b=5a☓3b
    3☓5ab=5☓3ab
    リンゴ☓皿というのは、方便ですから、消すために、両辺をabで割って、
    3☓5=5☓3
    では、ダメですか、
    これを、
    (3+A)☓(5+b)とか、(5+a)☓(3+b)と考えると、可換では無いですが。
    普通、3という数量にリンゴは足しません。5という数量に皿は足しません。
    何故、大人はそう考えるかというと。
    例として、時速3kmの速度で、5時間走るというと、3km/h☓5h=3☓5kmと考えます
    から、3+km/hとか、5+hとは考えません。5という数量に、時間(h)を足す意味がわかりません。少数の所で、2.4kg÷0.8m=3㎏/m・・・正しく単位を書いたほうが良いです。

  17. 名前:ぽち 投稿日:2010/11/21(日) 14:48:26 ID:16f022a64 返信

    何を教えているのでしょう。
    3☓5と5☓3は可換でいいのでは。
    3個のリンゴと5個の皿とか、5個のリンゴと、3個の皿という場合。
    リンゴをa,皿をbとか、大人は置き換えるのですが。
    3a☓5b=5a☓3b
    3☓5ab=5☓3ab
    リンゴ☓皿というのは、方便ですから、消すために、両辺をabで割って、
    3☓5=5☓3
    では、ダメですか、
    これを、
    (3+A)☓(5+b)とか、(5+a)☓(3+b)と考えると、可換では無いですが。
    普通、3という数量にリンゴは足しません。5という数量に皿は足しません。
    何故、大人はそう考えるかというと。
    例として、時速3kmの速度で、5時間走るというと、3km/h☓5h=3☓5kmと考えます
    から、3+km/hとか、5+hとは考えません。5という数量に、時間(h)を足す意味がわかりません。少数の所で、2.4kg÷0.8m=3㎏/m・・・正しく単位を書いたほうが良いです。
    3☓5リンゴ皿=5☓3リンゴ皿は、正しいのでは。

  18. 名前:うーーむ 投稿日:2010/11/21(日) 16:58:05 ID:82c3cda9f 返信

    まず、
    1.皿が5枚ある
    2.それぞれにりんごが3個ずつ乗っている
    と言われたら、普通に5×3じゃない?
    3×5でも間違ってはいないけど、最初に皿が5枚って言ってるんだし。
    5枚の皿に3個ずつって言われたら、そのまま5×3と書くのが自然。
    こんな、意味不明な×をつける教師に教わらなくて良かった。

  19. 名前:ごんべえ 投稿日:2010/11/21(日) 17:59:09 ID:fd4540901 返信

    「×記号の書き順説明。左下に向かって1画目。」
    えぇっ??

    何の根拠も無い例示だってさ。そんなもの教えるなよ、、、

  20. 名前:匿名 投稿日:2010/11/21(日) 18:09:27 ID:f278a8afa 返信

    本質的ではありませんが、最近は「つまずく」でOKなのかな?
    まあ教育者(?)が書いているんでOKになっちゃってるのだろう。

    教える方も教わるほうも、ゆとり世代なのかと。

  21. 名前:hi 投稿日:2010/11/21(日) 18:10:46 ID:f278a8afa 返信

    本質的ではありませんが、最近は「つまずく」でOKなのかな?
    まあ教育者(?)が書いているんでOKになっちゃってるのだろう。

    教える方も教わるほうも、ゆとり世代なのかと。

  22. 名前:匿名 投稿日:2010/11/21(日) 20:38:42 ID:fb3a3a107 返信

    小学生にまず、数字が何かを表しているのかを理解できるように説明する必要があると思います。世の中に数字は「何か」を数える場合や測る場合などに使われています。要するに、数字とは「単位」がないと意味がまったくありません。ただ計算ができても、それを世の中の現象に関連付けることがきなくなってしまいます。

    質問ではお皿が5つある。1つのお皿に3つずつのりんごが載っている。これを式で表現する場合は以下のようになります:
    5皿 × (3りんご/皿) 又は (3りんご/皿)× 5皿
    =15りんご

    別の質問をさせて頂きます:りんごが3つ載っている皿が3枚。バナナ3本載っている皿が2枚。りんごが2つとバナナ4本載っている2枚あります。これを式にして何個あるか計算してみて下さい。

  23. 名前:○い頭を□くする 投稿日:2010/11/21(日) 23:14:04 ID:ba3bb2056 返信

    >ごんべえさん
    ×の書き順以上に、%の由来に唖然とした

    一応、諸説云々あるところなんだろうけど、自分は百分率である事が由来ってのを習った。(100を数字だけ並べ替えて010としてこれを変形して%となったって説)
    この説の強みは千分率や万分率の記号に対しても同様の由来が成立することなんだけど、このリンク先の由来じゃ千分率と万分率の由来は何処から持って来る気なんだろうと・・・

    まぁ、小学校算数の世界だからパーミル記号やパーミリアド記号なんて存在しない世界の話なのかもしれないけど

  24. 名前:E 投稿日:2010/11/22(月) 21:59:38 ID:c3baa38c7 返信

    %と‰の由来はこういうことだそうですよ。脱線ですが。
    http://www.roma.unisa.edu.au/07305/symbols.htm#Percent

  25. 名前:ごんべえ 投稿日:2010/11/22(月) 22:13:39 ID:80d828cb2 返信

    hiさん

    > 本質的ではありませんが、最近は「つまずく」でOKなのかな?
    昭和21年の現代かなづかいからつまずくでOKのようです。
    なお、昭和61年の現代仮名遣いからは明文で本則と例示されています。

    > ゆとり世代なのかと。
    ということで、最近とは言っても「ゆとり世代」よりはずいぶん前からです。

  26. 名前:ごんべえ 投稿日:2010/11/22(月) 22:38:00 ID:80d828cb2 返信

    %の由来は結構それっぽく見えます。

    にも説明があるし、そこから引用されている
    http://www.roma.unisa.edu.au/07305/symbols.htm#Percent
    にある古い文字の画像なんか興味深いですね。
    ‰については、あとから、成り立ちを無視したアナロジーでできたとのことです。
    “per mill,” a curious analogue to % developed without regard to the historic meaning of the latter symbol

    New Yorkあたりの債券ではper M(Mに横棒)というのが使われていたそうですし。

    歴史的な形からみると100の入れ替えって言うのは有力じゃないように聞こえます。ただし、「百分率per centが由来」の点は同じと。

  27. 名前:5×3と3×5と « scribble 投稿日:2010/11/25(木) 02:37:38 ID:cfc74e050 返信

    […] 【ゆっくり理解】なぜ3×5で正答で、5×3が小2のテストでは誤答なのか 404 Blog Not Found […]

  28. 名前:phh 投稿日:2010/11/26(金) 23:11:40 ID:108542e1a 返信

    最後の段落に隠そうともしない傲慢さが見える
    しかし、教員の中では間違いなく人間的にも技術的にも上位に位置するだろう
    自分もこのレベルの教員に教わりたかった

    最低でもこのレベルの教員をそろえていかないと日本の教育システムはまずいなとは思う
    世襲制があるから「いずれ老害教員が退職すればましになる」とはとても思えないし・・・

  29. 名前:JKR 投稿日:2010/11/27(土) 21:40:59 ID:c166bcf1e 返信

    はじめまして。私は元小学校教員です。

    suzusukeさんが書いておられることは、概ねそのとおりです。
    式は 3x5 が正しい。
    5x3でもどちらでもいい、のは間違い。ここはそのとおりです。
    今は名数を付けないのでわかりにくいのですが、
    名数を付けて、3こx とやるとわかりやすいのですけどね。
    求めるものはリンゴの数だから。
    5x だと5皿x になってしまって、リンゴの数ではなくなる。

    私なら、かけ算の導入をこんなふうにします。

    四角にはどんな記号が入るでしょうか。
    1.3 □ 5 = 8
    2.5 □ 3 = 2
    1は + だね。
    2は - だね。
    では
    3.3 □ 5 = 15
    これは?
    + や - では =15 にはならないね。
    今日は、この□にどんな記号が入ると = でつなげられるか、
    勉強します。
    今までに習っていない記号だね。

    というぐあいです。

    >ケーキの数 … 4+4+4      4を3回足し算した → 4×3
    >りんごの数 … 3+3+3+3+3 3を5回足し算した → 3×5

    というところがありますが、
    掛け算は足し算の簡便法ではありません。
    4x3=4+4+4 のように足し算で表せるとするならば、
    4x0 や4x1 0x4 の場合に説明ができなくなります。

    0x4は 0+0+0+0 とやればやれないことはありませんが。
    私が子どもだったら、
    掛け算が足し算で表せるのなら、
    4x1 はどのように足し算で表せるのか、
    4x0 はどのように足し算で表せるのか、
    という疑問を持ちます。

    掛け算はあくまで掛け算であって、足し算ではない、
    と認識させることが大切だと思います。

    九九を習うまでは、子どもは、
    4x3は4+4+4で答えを出しますが、それはそれでいいです。
    あえて、こちらからは言わない、ということです。

  30. 名前:50過ぎのおじさん@四度 投稿日:2010/11/28(日) 04:07:38 ID:0c076f4ad 返信

    >>JKR
    >はじめまして。私は元小学校教員です
    何年度卒業・何年度採用でしょうか?

    あと、このエントリに限らず、その他多くのブログ、またそれらに対する多くのコメントがありますが目を通されましたか?
    あなたの書込みは、およそ何度も出てきた内容で説得力がありません

    改めてコメントなり記事を希望します

  31. 名前:ごんべえ 投稿日:2010/11/28(日) 11:31:23 ID:320e5c157 返信

    JKRさん偉そうに周回遅れの既出論点ばかりですね。

    おはじきを縦横に並べているのと同じですよ?
    すると、5こ×3だっていいでしょう。
    http://d.hatena.ne.jp/yotayotaahiru/20101125/1290706982

    また、助数詞を単位としてつけて考える方式では、
    5(皿)×3(こ/皿)
    も正しい。
    http://blog.hugolab.com/archives/1381599.html

    「4x0 や4x1 0x4 の場合に説明ができなくなります。」
    0を導入後だったら
    4x0=0
    4x1=0+4
    4×2=0+4+4
    ときれいになりますよ?

  32. 名前:Ccc 投稿日:2010/11/29(月) 13:18:47 ID:d8d068524 返信

    3×5でも5×3でもどちらでもよいという方にお聞きしたいんですが、
    たとえば「皿が5皿ある。1つのお皿に3つずつりんごが載っている。
    さらに、りんごが2つずつ入った袋が4袋ある。りんごは全部でいくつか。」
    という算数の問題の場合に、
    5×3=15
    2×4=8
    とやるのもまったく構わないということなんでしょうか?

    いや、数学的には問題ないらしいというのは分かってるんですが、日常生活でかけ算の前後をまったく区別しない(区別を知らない・教えられてきていない)人がいたら、やりにくいなーと。これって、区別する文化を教えられて活用している者のエゴなんですかね?

  33. 名前:みきや 投稿日:2010/12/01(水) 07:51:14 ID:388d83a13 返信

     JKRさんの意見の数学的な正しさについてはとりあえず脇においても、「零の発見」という視点は、×をもらった僕にとっては、非常に意味があります。なぜなら、僕は、数学の発展史と学習の過程について考えているからです。それまで何を習っていて、これから何を習おうとしているか、ということです。
     Cccさんの言いたいことも、自信はありませんが、わかる気がします。
     「思考力算数練習帳シリーズ 文章題たし算・ひき算(小一レベル)」(株式会社認知工学発行)の第1問目はこのようなものです。

    「いちごが 5こ、みかんが 3こ あります。あわせて なんこ ありますか。」

     ここでは、「そこにあるもの」を数え上げるということが行われます。存在の確認を数の列に符号させることで行うことから算数は始まるのだと思います(「1」と「2」は違う存在のありようを示している、という風にして。)。しかし、ここでは、いちごはいちごではなく、みかんはみかんではなく、単に「そこにあるもの」に過ぎません。僕の行った、(仮に名づけた)存在論的掛け算でも、それは同じです。
     今まで習ったことから、僕は、「5×3」と答えてみたのですが、「今まで習ったこと」だけでは不都合が生じるのかもしれません、それを考えるのは面白そうです。小学生の僕は、テストというのは、今まで習ったことの確認のために行うものであると考えていて、設問を読む限り、そのような命令がなされており、それ以外の特段の命令はないと判断したため、一方で類推により「3×5」というアイデアも持っていたのですが、「それは、まだ早い」と考え、それを却下し、「なぜ、僕は5×3と考えられるか」を考え、それは僕にとって、ひとつの挑戦だったのです。船に乗って川から海に出ようとするとき、ある子は、「海だ!」と言うでしょう。僕は、「まだ、川だよ。」と言う子だったのです。

  34. 名前:ごんべえ 投稿日:2010/12/01(水) 08:31:37 ID:5ea70c99a 返信

    > 5×3=15
    > 2×4=8
    > とやるのもまったく構わないということなんでしょうか?
    足し算してないと減点でしょう。

    > 日常生活でかけ算の前後をまったく区別しない人がいたら、やりにくいなーと。
    多くの人は現に区別していないので「やりにくいなー」と感じるのが気のせいです。
    伝票には、品名、数量、単価それぞれを明記するものであって、計算を「数量」×「単価」でやったか「単価」×「数量」でやったかを気にかける人はいません。

    小学校の教育の結果、数量が右に来ると思い込んで馬鹿なことを言う

    のような例があり、単位あたり量が左、単位数が右でないと間違いであると教えるのはとても有害ですね。

    あ、この人に教え込んだのは五年生のときの先生だそうです。Suzusukeさまにおかれましては、他山の石として柔軟に教えていただければと存じます。

  35. 名前:○い頭を□くする 投稿日:2010/12/01(水) 21:15:20 ID:d42dbea32 返信

    それは教育なのか学習なのか。
    まぁ、重箱つつきな論ではあるが

    教育であるなら、教えたとおりだけが正しいという方針が絶対正義になるんでしょうね。なにせ、教えるの意味は教えるでしかなく教えられた通りに出来るかどうかが教える作業が成功したか否かという判断材料になるわけだから。

    学習で有るならば、自ら学ぶ必要が有ります。学ぶ為には疑問が必要ですなぜなら学ぶというのは疑問の解消という意味を持つから。

    5×3をバツにされて何の疑問も抱かずに、3×5にするのが正しかったのだと納得する事が教育としては正しいあり方なんでしょう。
    5×3をバツにされた事に疑問を抱くことは、それは既に教育ではなく学習になってしまうから。

    こういう穿った考え方をしてみると、義務教育って本当に必要なのか疑問に感じてしまう

  36. 名前:みきや 投稿日:2010/12/02(木) 08:00:13 ID:965c67527 返信

     社会的な様式として教わったのでしょう。学校とは、社会人を作る機関とも言えますので。ただ、このように学校で教えるようになったのはいつからか、あるいは地域差はあるのか、考えてみるとよいかもしれません。
     僕らは、小学校3年生のときに、学習指導要領というものがあって、「その程度」のことしか学校では教わらないことを知っていましたので、せっかく東京大学に入ったのに、学校で教わったのと事実が異なるからといって憤って事件を起こした子がいましたが、残念でなりません。頭が良いとはどういうことを言うのかはわかりませんが、世間のことを知らない素朴なヒトもいるようです。

  37. 名前:ゆういち 投稿日:2010/12/02(木) 22:20:47 ID:1f6d4145f 返信

    ×をつけた展開を見て、式に×をつけ答えに○をつけているのは正解だと思う。
    ただ、この答案は見た瞬間にイラッとくる。
    そのときに浮かぶのは、納得行かないで悲しんでいる子供のイメージ。
    子供が笑って学校に行き、楽しんで帰ってくることを望んでいる身としては、この答案は狭量に感じる。
    学校は心も教えてくれるんでしょ?
    答案だけをみるとこう考えてしまいます。

  38. 名前:○い頭を□くする 投稿日:2010/12/04(土) 00:43:22 ID:16e66626d 返信

    目的が尊い物であればあるほど、その手段の目的化や金科玉条化が進む物であるなと、思う。

    確かに、生徒に掛け算を正しく理解させる・また理解したか確認する。
    この目的は否定する事の出来ない間違いなく正しい事だと思う。

    しかし、問題は手段だ。
    目的が正しい=手段が正しい
    とは限らない。むしろ、目的は正しいが手段を間違えた為に目的が達成できないなんてのは日常茶飯事に起きていることだと思う。
    手段を間違えているなら手段を正しいものにすればいいだけなのだが、これが簡単にはいかない。
    目的が重要であればあるほど、手段を間違えてはいけないという観念に飲み込まれる、その結果目的の為に正しい手段を使わねばならないという強い意識ができて、さらにはこれが目的が正しいのだから手段が正しい筈となって、手段の間違いが認められなくなるからだ。

    某スポーツでも審判の判定は間違いが許されない、故に審判が間違える事はない。と、誤審を決して認めない風潮がある。

    同様に、教育に間違いは許されない、故に教師は間違える事がない。というような風潮はあるのではないだろうか?

  39. 名前:大学教員 投稿日:2010/12/10(金) 00:02:43 ID:93e2bb7dd 返信

    正しい式を記入している生徒に「教えにくい」「教えたことと違う」
    「他の生徒に説明できない」といった稚拙な理由で×をつける
    小学校教員がいる、という事態にショックを禁じえません。
    このような教育が日本の教育レベル低下につながっているのでは
    と心配になります。

  40. 名前:算数大好き 投稿日:2010/12/12(日) 23:33:34 ID:f7032709c 返信

    3+3+3+3+3
    で答えが出るのに、わざわざ難しい掛け算を習うのは
    3×5
    の方が計算が楽だからです。
    全く知らない生徒に教えるわけですから
    3個を1つのまとまりと考えよう。その5倍だから15個です。

    この文章題も同じです。
    メインは1皿にのったリンゴ3個です。
    (気持ち的には、皿のことは忘れても良い)
    3個のまとまりの5倍ですので15個

    これを5枚の皿の3倍と考えてしまいますと
    折角足し算から掛け算という別の計算方法を習った生徒の頭が混乱してしまうと思います。
    つまり、1つのまとまりを考えその何倍かを考えるのが掛け算だったはずが
    その1つのまとまりをイメージすることができなくなってしまうからです。

    あくまで、りんご3個が1つのまとまりだと思います。

    ただ3×5を考えその逆でも同じ答えになると分かった生徒に×を付けるのは、少しかわいそうですね。

    大人でしたら、3×5も5×3も○ですが、おそらく3×5の方が多いのではないでしょうか?
    5×3を思いついた人には、交換法則を理解していて「サン・ゴ」より「ゴ・サン」を先に思いついた人も含まれているものと思います。

  41. 名前:らんで 投稿日:2010/12/14(火) 22:16:43 ID:d64fc7965 返信

    正しい式なら良いというのなら、次のような解答もOKにしなければならない。

    次の計算をせよ。
    (1) 1+2=2+1

    しかし、これは通常では教師は×を与えなければならない。それは「常識」だが、では
    なぜ×なのだろうか? 実際、等式としては正しい式なのではないか。

    これに関しては授業中(テストにどう書けと明記されていないことに注意!)にどのような
    書き方を正解とするのかを、教師は指導するから×に出来るわけだ。まあ、最も簡単な形にする
    ことが「計算」だと明示することもできるが、小学校1・2年生にこの説明を理解できるとは
    俺は思わない。やはり、どう書きなさいと明示されているから、これ以外は×にできるわけだ。

    このようなことは無数にある。計算をいきなり8進法で行った言い「5+6=13は正解だ。
    8進法なら計算としては合っている。そもそも、テストに8進法で計算するなと明記されて
    いないではないか」などとケアレスミスを言い訳する子どもの言い分を聞く必要があるのか?

    教師は、どのように計算方法を記述するのか、それを事前に指定できる訳だ。教育的に意味が
    あることなら、数学的に正しいかどうかということを超えてそれができるのは上の例からも
    分かる。

  42. 名前:kkd 投稿日:2010/12/22(水) 02:50:53 ID:7eec1cc26 返信

    (1) 例:5 km × 3 [無次元] = 15 km というように先頭に有次元量を置くことにする教育的配慮なのかなとも思います.
    (2) これとは逆に,数学の本質は抽象化と思いますので,交換則の成立を遵守すべきかもしれませんね.

  43. 名前:おばけといっしょ 投稿日:2010/12/22(水) 10:46:02 ID:589fc6ab0 返信

    3×5だと思うよ、5×3は△。赤バッテンでかすぎ! RT @siba: 小飼△ こういう記事好き 3×5=5×3 http://bit.ly/gMFfix なぜ3×5で正答で、5×3が小2のテストでは誤答なのかhttp://bit.ly/f2TkV5

  44. 名前:KURODA, Michihiro 投稿日:2010/12/22(水) 12:55:38 ID:589fc6ab0 返信

    こんな先生には教わりたくもない。【ゆっくり理解】なぜ3×5で正答で、5×3が小2のテストでは誤答なのか | Kidsnote http://bit.ly/am37qb

  45. 名前:すずやだいすけ 投稿日:2010/12/23(木) 16:41:28 ID:589fc6ab0 返信

    うぐぅ RT @adoruk: こんな先生には教わりたくもない。【ゆっくり理解】なぜ3×5で正答で、5×3が小2のテストでは誤答なのか | Kidsnote http://bit.ly/am37qb

  46. 名前:原田 康徳 投稿日:2010/12/27(月) 13:43:10 ID:589fc6ab0 返信

    掛け算の順序問題 http://bit.ly/9JB7Pn .最初は僕は順序はどうでもいいと思ってたけど,この先生の考えも一理あるので,割り算の記号÷と同じように,交換法則が使えない新たな掛け算の記号を導入すべきだと思う.日本語版の A times B.

  47. 名前:Akisato Kimura 投稿日:2010/12/27(月) 14:06:59 ID:589fc6ab0 返信

    RT @viscuit: 掛け算の順序問題 http://bit.ly/9JB7Pn .最初は僕は順序はどうでもいいと思ってたけど,この先生の考えも一理あるので,割り算の記号÷と同じように,交換法則が使えない新たな掛け算の記号を導入すべきだと思う.日本語版の A times B.

  48. 名前:nishinojunji にしの∴ 投稿日:2010/12/27(月) 14:41:28 ID:589fc6ab0 返信

    不可換にすればいいのと、5×3と3×5の意味が違うのとは、またすこし違います。数値としての 5×3=3×5もまた認めないと。 RT @viscuit http://bit.ly/9JB7Pn .この先生の考えも一理あるので,交換法則が使えない新たな掛け算の記号を導入すべきだと思う

  49. 名前:綾塚 祐二 投稿日:2010/12/27(月) 16:07:54 ID:589fc6ab0 返信

    あの考え方、例えば「5枚の皿にそれぞれりんご・蜜柑・バナナが一つずつ載っています。果物は全部でいくつ?」だとどちらが正解だというのでしょう? QT @viscuit: 掛け算の順序問題 http://bit.ly/9JB7Pn .最初は僕は順序はどうでもいいと思ってたけど…

  50. 名前:安斎利洋 投稿日:2010/12/28(火) 04:43:45 ID:589fc6ab0 返信

    「具体」に対応しないから間違い、っていうのは数学じゃないですよね。対応する「具体」を見つけるのが数学。交換法則は「3つが5皿」と「5皿に1個づつ置く動作を3回」が概念的に同じ、に対応している。 QT @viscuit: 掛け算の順序問題 http://bit.ly/9JB7Pn